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地図を見てるのは危険

初めてのアメリカ・ロサンゼルス。

ホテルに着いた後、時間が勿体ないので早速お目当ての博物館へバスに乗って行きました。

行きは問題なかったのですが、やはり時差ボケがあったせいか、帰りのバスで二人で転寝。

気付くと繁華街を抜け、住宅街らしき場所へバスが進んで行っていました。

急いでバスを降り、ガイドブックの地図を取り出して場所の確認。

通りの名前などは何となく分かったので、降りたかった場所はここだろう、という見当をつけて、バスが走ってきたであろう道を歩いて戻り始めました。

けれどやっぱり不安で、ガイドブックの地図と首っ引き。

すると建物にもたれかかっている人達が、こちらをじろじろと見てくるのです。

良い方に考えれば、道に迷っている私達を助けてあげよう、としてくれていたのかもしれません。

けれど時間は夕暮れ時、場所はお店などのない住宅・アパートばかりのような場所。

万が一の事があっても助けてくれる人がいないかもしれません。

とにかく友人と急ぎ足で、繁華街の方へ、人が沢山いる方へと進んでいきました。

今思えば、地図を手に持たずに歩いていれば、そんなにじろじろ見られなかったのかもしれません。

地図を持っているイコール道に不案内の観光客でお金を持っている、と宣伝しているようなものです。

地図を見るのは最小限にすべき、というのが教訓です。

バンコクの野犬

2005年あたりに、タイのバンコクに一人旅に行きました。バンコクは夜暗くなってからは追いはぎなどの危ないこともあるというので、日が暮れてからの一人歩きは絶対にしないようにしていました。

昼間のバンコクはひとりで歩いていても人間に対して危ないと思うことは(しつこい客引き以外は)なかったのですが、人間じゃなくて野犬が恐かったです。

大通りではあんまり見かけなかったですが、少し細い道に入るとあちこちに野犬がいて、うろうろしたりねそべたっりしていました。半屋外になった食堂の周辺には特に野犬が多かったような気がします。おこぼれがもらえるんでしょうか。

特に人を恐れることも、攻撃的になることもなく大人しそうには見えるのですが、道をふさぐようにどうどうと寝ていて人が近づいても起きようとしないのはふてぶてしい感じがして恐かったです。宿で知り合った日本人の話では、夜に屋台で買った食べ物を持って歩いていたら野犬に追いかけられた人もいるそうです。日本では街中で野犬を見ることなんてほぼないですが、バンコクの風景には野犬が溶け込んでいるようでした。

インドで少年強盗に遭ったときのこと

個人旅行でインドのバラナシへ行ったときのことです。駅から宿泊していたホテルまでオートリクシャー(三輪タクシー)に乗りました。インドはどこもそうですが、街中は非常に混雑していますので、リクシャーは少しでも空いている道を探そうと裏路地に入っていきました。

狭い路地に入ってしばらく行くと、たむろしている少年たちに出会いました。中学生くらいでしょうか。一見して貧しい身なりの子供たちでした。リクシャーが来ても道をあけようとはしませんそれどころか、5,6人もいるその子たちはわらわらとリクシャーを取り囲んだのです。

運転手と少年たちの間でやりとりがありました。運転手はとても怒っていましたが、子供たちはちょっと怖いような目で私をじっと見つめてきました。

「金を出せといってます」

運転手がいいました。彼らは少年強盗だったのです。どうしよう、どうしよう、と私がうろたえていると、少年の一人が座席へのぼってきました。その手にはなんとナイフが握られており、私にむかって刃先を向けてきました。

「マダム、お金だして!」

運転手が叫びました。彼もナイフを突きつけられていました。私はあわてて財布をさぐり、紙幣を数枚つかみだして渡しました。少年たちは「サンキュー」といってあっさり去っていきました。冷や汗をいっぱいかきました。

今考えると運転手もグルだった可能性がないとも言えません。たとえ昼間でも、たとえタクシーに乗っていても、治安の悪い裏路地には近づくべきではないと思いました。

インドの暗い路地裏には注意!

インドで貧乏旅行をしていた頃の話です。私と友人はバラナシというガンジス川のほとりの街につき、その日に宿泊する宿を探していました。だいたいこうした貧乏旅行では事前に宿を予約することはないのですが(オンライン予約などができない安宿が多いので)、その日は到着が深夜になってしまったため、私たちも早く宿を決めなくてはと少し焦っていました。

そうこうしているうちに、バラナシの安宿街のメインストリートを外れ、裏道に入ってしまったようです。あたりは薄暗く、宿の看板もありません。そして、私が「早く元の道に戻ろう」と友人に声をかけようとした時、友人が「きゃっ!」と声をあげました。見ると、暗がりからだれかが友人の腕を掴んでいます。私は大声をあげながら友人の反対の腕を引っ張り、明るい通りへと走り出しました。友人も、重い荷物を背負いながら必死についてきます。

明るい道に出て、落ち着いてから話を聞くと、暗がりから腕が出てきて掴まれたとのこと。何か言っていたけれど何を言っていたかはわからず、とにかく怖かった、と言っていました。

腕を掴んだ人はお金目当てだったのか、違う目的があったのか、真相は定かではありません。でも、裏道には不用意に入らないようにすること、それからいつでも走って逃げられるよう、身軽にしておくことは大切だと感じました。

無邪気に泥棒するローマの子ども達

ローマに旅行中の出来事です。2月だったためとても寒く、厚めのコートを着ていました。バックパックでの旅行だったためハンドバッグは持たず、主な荷物はリュックに、財布と携帯は上着のポケットに入れていました。観光地近くを友人と歩いている時、5~6人の子どもがわーっと寄ってきました。上は10歳ぐらい、下は3歳ぐらいの子までいました。イタリア語は話せませんが、どうやら、おねえちゃん遊ぼう遊ぼうと言いながら一斉に私を囲み、両足にからみつき両手を握られました。何?何?と思いながら、遊ばない旨を英語で伝えその場を去り、またポケットに手を入れて歩こうと思ったら、ポケットにあったはずの財布がありません。振り向くと子ども達がこちらの様子を伺っており、その瞬間盗まれた!と気付きました。子ども達は常套手段のように一斉に別方向に逃げ、とりあえず追いかけた一人の女の子が偶然財布を持っていました。持っている財布を返せと英語で言うと、サッと財布を足下に落とし、あ、財布落ちてたよ、見つけてあげたからお礼ちょうだい。とせがまれました。

中国で危険だったこと

私が中国 大連に駐在していた時の事です。週末にショッピングセンターに出かけていました。

ショッピングセンターの入り口から警察官が数名慌てた様子で入って行ったので、野次馬根性で後を追いました。周りに居た中国人たちも同様に警察官の後を追っていました。その時の私は軽い気持ちで面白いものが見れるだろうと思っていました。たどり着いたは40代の女性が血まみれで倒れていました。辺り一面に血が飛び散っていたため、私はものすごく気分が悪くなってしまいました。後から続々と警察官と救急隊がやってきます。辺りが騒然となる中、私は嫌な予感がしたのでその場から立ち去ろうとしました。

その時遠くから叫び声が聞こえました。犯人と警察官が対峙していたのです。

犯人は従業員の女性を人質にとって包丁を突きつけていました。あまりに生々しい光景に私は逃げ出してしまいました。

私がああなっていてもおかしく無かったのです。

普段日本と変わらない生活を送っていただけに、気が緩んでいました。

今自分がどこに居るのを常に意識して行動することが大切だと思います。

治安が良いと言われていても所詮海外、異国の地です。

周りから自分がどの様に見られていて、目立ってないか気を配って海外に行かなければなりません。

日中情勢が不安定な中、反日感情をむき出しにしてくる人こそ居ませんが気をつける事に越したことはありませんね。

フィリピンでの素敵な思い出

今日はフィリピンでの素敵な思い出をお話をしていきたいと思います。

フィリピンと言えばセブでの休日がいい思い出です。

何故かと言いますと、ああいう島国で優雅に過ごしたことが今までにはなかったからです。

セブ島には優雅にすごすことができることができます。

海の音を聞きながらのんびり過ごしてきました。

自分はのんびりしながら読書をしていました。

もちろんセブ島のいろいろな観光名所にもいきました。

山頂展望台トップスというところが自分はかなり良かったと思っています。

何故かと言いますと、セブ島はビーチだけではなく、こういう山の上から景色を見ることもいいなって思っているからです。

自分は結構山の上からみる景色が好きなんです。だから山頂展望台はとってもよかったと思っています。

また夜景もいいなと思いました。

昼間の景色だけでなく、夜景なんか見るとかなりロマンティックに感じることができるでしょう。

それもかなりの魅力になっていると感じています。

大学の仲間でセブ旅行

大学生の男女10以上のグループでフィリピンのセブ島へ3月に旅行に行きました。ツアー参加ではなく、ホテルの予約のみで飛行機で現地時間の夕方に着き、ホテルのお迎えの方と合流するまで時間がありました。ホテルまでの道のりでお得に両替ができる場所があったのに、空港で両替をしてしまい両替所の人に笑われてしまいました。ホテルでは、きれいな海やプールがあり、一晩中お酒も楽しめる環境でリゾートを満喫しました。タクシーを呼んで、買い物やショーをみに行ったときは、現地の人込みに驚きました。夜は治安が悪い地域もあるらしく、タクシーにも当たりはずれもあり、注意が必要と思いました。ホテルでは、パラセーリングやダイビングなど海の遊びをやりつくしましたが、かなり気持ちよく日本では味わえない快感だと感じました。旅の全体としては、楽しく仲間でわいわいといったものになりました。一番の印象は、街を走るタクシーを止めて世間話しながらホテルに帰る時でした。カタコトの英語でセブの方と話して意味がわかる瞬間、外国人でも日本のタクシー運転手のおじさんにような人間味を感じられて不思議な感覚でした。

フィリピンのルソン島にいったことがあります

随分昔ですが学生時代に今は亡き祖母と一緒にフィリピンのルソン島に行ったことがあります。ツアーでしたので搭乗員がいたので楽でした。目的は祖父が戦死しているのでジャングルにある遺跡を訪問することでしたが、意外に面白い旅行でした。

野外の訓練場で銃を撃たせてもらう機会があり初めてでしたが発射したときに腕に来る衝撃に驚いてしまいました。ジャングルには戦跡がいくつもあり実際に戦争していたことが実感できました。

暑い季節でしたので木陰で休んでいると子供が近づいてくるのでつたない英語で話しかけると意外にコミュニケーションがとれたのでいい勉強になりました。老人の多いツアーでしたがバスの中ではカラオケばかりで大変でした。当時有名な歌手も参加していたので歌声を聴かせてもらいましたが、みんな涙ぐんでいたのが印象に残っています。祖母も日本では歩くのは遅かったのですがフィリピンに入国した途端元気になったのが今でも覚えています。

子供にお菓子をたくさんあげてしまうところでした

私は、結婚して子供ができる前に夫婦でフィリピンに旅行に行きました。栄えている街以外にも、少し郊外の方にも行ってみたくて、行くことにしました。フィリピンの人の現実の暮らしが知りたかったからです。

フィリピンにはツアーで行きましたが、何日か自由行動の日もありました。ガイドの人に聞いて、郊外のとある教会に行きました。その教会では集会が開かれていて、私たちは中には入りませんでしたが、教会の外観を見たり、その周辺で暮らしている人たちを見ていました。

やがて、教会の中では集会が終わったようで、人がたくさん出てきました。大人もいますが、子供がとても多かったです。その子供たちは、ボロボロの服を着ている子もいて、貧しいのかな、と思いました。

やがて5歳くらいの女の子が私たちを見つけると、人懐っこそうに近寄ってきて手を差し出しました。はじめは意味が分かりませんでしたが、食べ物を欲しがっている感じでした。私たちは迷いましたが、小さなお菓子を1つ渡しました。すると、周りの子も一斉に走ってきて手を差し出してきました。あまりの勢いにびっくりしてしまいました。でも、お菓子は2つくらいしか持っていません。私たちは逃げるようにその場を立ち去りました。フィリピンの現実を知った気がしました。